未分類

命を!!!!!!燃やせ!!!!!!!!!!!

Pocket

最近精神的に調子がめっちゃいい(気がする)ので、またもや中身のない日記的な記事を書いてさらに調子に乗ろうと思います。

いやね。ちゃんと自動車技術とか諸々の新しい記事にできそうなネタはあるんですよ。しかし、どうも体がついてこない。これは休職寸前の体調になにか近いものがあるので、ここらで心に溜まったゴミを吐き出してね・・・というわけでいきます。

最近は「人生楽しすぎ!俺、最強!」みたいな根拠のない自信が溢れてしようがないのですが、同時になんとなく怖さがチラチラしてくるのですよ・・・といった気持ちがありこんなツイートをしたのですが、この無敵感と多幸感、その裏に潜む怖さの元は人間の本能と自分の根本にある考えのすれ違いに起因している事に気づきました。

たぶんぼくはこれまでの人生で自分の人間性を評価してくれる人にあまり出会わなかったのだと思います。だから今、自分を評価してくれる人が周囲にいることに慣れていないぼくは薄っぺらな自己承認欲求が満たされて、客観的に見るとただ浮かれている、調子に乗っているだけなのでしょう。これが人間の本能に近い部分。人として当然の反射。

自分自身、初体験のこの感覚に浮かれながらもこれがずっと続くものではないとわかっています。だからこの無敵感と多幸感を手放しで喜んでいられない。

そしてそれと相反するそもそもの自分の素養として、

自分のやることなすことすべてをいいね!してくれるいわゆる信者や囲い的な人間はほしくない。ぼくがどんな地位や肩書を持っていようと悪い行動をしていれば悪いと評価してくれるような、人柄でなく行動で判断してくれる人がほしい

という捻くれた考えを持っているので、これが人間の承認欲求とバチバチに対立し、違和感という名の怖さを生んでいる。本能と理性の対立がそのまま現状と理想の乖離につながっているのですね。納得です。

 

ま、ある程度現状がわかったからといってなにかができるわけでもない、というのもあるのでここに書き出して終わりなんですけどね。しばらくはこの根拠のない自信と向き合っていけたらなと思っています。

 

制度や決まりで定められている条件は過ぎたるは及ばざるが如しを地でゆくようなものだと考えているのですが、少なくとも私の所属している企業は「及ばないくらいなら過ぎろ」と言わんばかりのスタンスのようでして、そんなものが日常から透けて見えまくりなので心の中の阿藤快が日に日に育ってゆくのを感じます。なんだかなあ

まあ、現状に文句垂れるくらいなら自分に適合する環境の実現のために力を注ぐのが合理的というものです。結局は今ある仕組みを自ら変えるか、どこかにある理想の環境を探すしかないのです。

今は不条理や不都合に噛み付いて、抗い続けていこうと思います。それが若さや青さといったものではないでしょうか。少なくとも自分のアイデンティティ(無意味に横文字を使ってみる)はこれにあると考えております。諦めや妥協によって若さや青さを手放してしまったとき私という人間は死ぬのではないか、とも思います。これについては語るのはまた別の機会に。

 

と、こういった酔っぱらいの戯言を並べる自己満足がこれからは増えると思います。

今後共なにとぞよろしくお願い申し上げます。

 

 

おわり

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。