コラム

ワークライフバランスとは妥協が前提の概念ではないか

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ぼんじり
ぼんじり
殴り書き、備忘録です

ワークライフバランスとはどういった理由であれ人生を捧げるに足る仕事に就けなかったものがせめてものお情けでやりたくないこと(仕事)とやりたいこと(趣味や余暇といった仕事以外の時間)の折り合いをつけたい、配分を決めて分けたいと考えた末に生まれた言葉なのではないかと私は考える。

結局、本当にやりたいことがはっきりしていない人間にとっての人生はやりたくないことの多い、不満しか生まないものなので、ワークとライフの拮抗する地点、答えはない。真にやりたいことのない人間は100のやりたいことのために1のやりたくないことをするのにも耐えられないからだ。
個人での対応以外として企業側からの視点でワークライフバランスを良好にしようと思ったときには、企業側の対応とワークライフバランスの本質のミスマッチについて考えなくてはならない。

ワークライフバランスとは本質的にはストレスに関してのバランス問題だ。しかしながら現状、企業がワークライフバランスの向上として行っていること、その具体的なアピールポイントとしては「残業が少ない」だとか「有給休暇がしっかり取れる」といった時間的なアプローチと、もしくは「給料がいい」といった金銭的なアプローチしかない。そういった数字遊びでなんとかなるものなら企業の大きな数の力で解決できるのに、それができないのはこの問題は個々人のストレスといった不確かなものが原因で、それの万能薬がないからだ。

個人的な意見としてはこの問題は社会の仕組みを変えることよりも、個人でできることできないことの折り合いをつけて、それこそ妥協点を見つけることしか現時点では対処法がない。システムの変更はそれこそ多くの人間がメリットを享受できるすばらしい世界を実現する可能性を秘めるが、ことライフワークバランスに関しては個人の満足するポイントや心の豊かさにほとんど依存するように思う。ようは個人がどれだけ自分以外に期待せずにいられるかが問題なので、自分にとっての喜ばしい出来事を大切にし、嫌だと感じることを学びに繋げることこそがバランスの取れた人生なのではないかと私は思う。

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